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善をもって悪に勝つ(ローマ書12章21節)

投稿者:
牧場の草
投稿日:
2012年08月21日 12時01分09秒

今田 遥さま

まず、あなたの心に、祝福がもたらされることをお祈りします。

キリスト教の歴史の中で、罪深さを背負った私たち人類が、過ちを犯したことがあるのは事実ですし、伝統的教派の「異端」への偏見が、より良きキリスト教への発展を阻害している側面もあるでしょう。
宗教を信じる者として、他者への寛容さは決して失ってはいけないと思います。

文面から想像すると、心が頑なになってしまっているような気がします。

あなたが、今、どのような境遇にあるのかは知りませんが、私からのささやかなアドバイスとしては、まず、自分の身近な人の心をいやす(どんな些細なことでもいいと思います)、それも無理なら、ぜひ、一度お近くのキリスト教会に足を運んでみてください。

最後に聖書の一節を御紹介します。
「つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死ぬか、神に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです」(ローマの信徒への手紙 6章16節)
アーメン

スパムコメントの事

投稿者:
一信徒
投稿日:
2012年08月21日 06時43分49秒

被害者の一人様

 件の人物がどの様な素性なのかわかりませんが、もしかしたら病気なのかもしれません。 先のコメントにも書きましたが、当該人物が、一日も早く迷惑嫌がらせコメントをやめる日が来る事をひたすら願っています(゛迷惑嫌がらせ行為をやめるように゛、と何度も書き込みましたが全く効果なく、その後もあちらこちらで同じ行為を繰り返している模様です・・・)。

スパムコメントについて

投稿者:
被害者の一人
投稿日:
2012年08月18日 15時42分57秒

一信徒さま
確かに、その名前で、迷惑コメントが日本中に発信されていますね。
本人の名前ではなく、他人の名前を勝手に使っている可能性もあると思いますが…。
こういうブログを開設しているようです。
(書かれているコメントと内容が同じです)
http://maruta.be/tarou30

http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009

何らかの厳しい処置が必要だと思います。

スパムコメント今田遥

投稿者:
一信徒
投稿日:
2012年07月31日 23時58分02秒

謹啓

 初めて書き込みさせて頂きます。この掲示板に今田遥という名前で嫌がらせコメントをしている人物は、日本中のブログに大量のスパムコメントをしているようです。キリスト教に関する虚偽出鱈目を多数記載しておりますので、何らかの法的制裁を科せてもらいたいと思いますが、如何でしょうか? 一日も早く、本人がこの様な迷惑嫌がらせ行為をやめる日が来る事を願っております。

                  謹言

幸いなる者

投稿者:
牧場の草
投稿日:
2012年07月10日 13時44分29秒

義のために迫害される人々は幸いである。
天の国はその人たちのものである。

わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。

喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

(マタイによる福音書 5章10~12節)

御親切に感謝します。

投稿者:
牧場の草
投稿日:
2012年06月09日 21時23分30秒

ありがとうございました。
良きクリスチャンになれるよう、自分を磨いていきます。

牧場の草さんへ

投稿者:
Meg
投稿日:
2012年06月09日 11時20分50秒

牧場の草さん、
「キリストへの時間」ホームページへのご訪問、そして、掲示板への書き込みをありがとうございました。
教会に通い始められたとのこと、私たちも嬉しく存じます。どうぞこれからも、神さまが牧場の草さんにたくさん語りかけてくださいますように。

ご質問の件ですが、主の祈りは「天にましますわれらの父よ」と呼びかけて始まりますね。ですから、「国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり」の「汝」は、その「天にましますわれらの父」、すなわち、天におられる神さまのことです。「国と力と栄とは、永遠に、天におられる神さまのものだからです」と祈っているわけです。
「国」とは、聖書では「王のいる国」「王国」と表現されており、神さまの「ご支配」のことを意味します。ですから、「国は、限りなく汝のものなればなり」と唱えることは、「この世と私をご支配するのは、永遠に神さまです。私たちは神さまに、永遠にお従いします」という神さまへの告白です。

マタイによる福音書の中で、イエス・キリストがこの祈りを教えてくださったときにはこの文言はありませんでした。典礼文として整えられていくときに、祈りの締めくくりの言葉として加えられたのでしょう。

主の祈りは、とても大切な祈りです。牧場の草さんがこの主の祈りを御自分の祈りとして祈ることができますように。

投稿者:
牧場の草
投稿日:
2012年06月09日 00時06分39秒

教会に通い始めた初心者です。
聖書を読み始めたり、礼拝に参加させて頂き、
神の御心に接することに、喜びを感じ始めて
います。

ところで、どなたか教えて頂きたいのですが、
主の祈りの中の「国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり」という部分が抽象的で、よくわかりません。
とくに、国という言葉は、実際にある国ではなさそうなのですが、何を指すのでしょうか?
マタイによる福音書の中にも、祈りの言葉が
ありますが、そこには書いていません。

些細なこととも思うのですが、諸先輩のご教示
があれば幸いです。

ありがとうございました

投稿者:
YM
投稿日:
2012年05月09日 19時10分47秒

4月22日に、神戸市内のある教会の礼拝に参加させて頂いた者です。
以前から、キリスト教に惹かれるものがあったのですが、なかなか踏ん切りがつきませんでした。
教会に来られていた方々は、親切な方ばかりで、感謝の気持ちを持つことができました。ありがとうございました。

牧師の先生のお話も、心の重荷が軽くなるような気がして、救われました。

まだまだ未熟な者ですが、キリスト教の教えを実践して、自分自身の成長につながれば、と思います。
近いうちに、礼拝に参加させて頂きますので、今後もよろしくお願いいたします。

聖書

投稿者:
onesimo
投稿日:
2012年04月20日 09時35分42秒


ところで、わたしたちは、

このような宝を土の器に納めています。


この並はずれた偉大な力が神のものであって、

わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。 2コリント4:7


http://blog.goo.ne.jp/kagayakuegao/e/3bda727a2bc2c2a82072507ca852cfde