神の御旨に信頼して歩む恵み

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聖書の言葉

主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる。

旧約聖書 詩編 37編23節-24節

松田義人によるメッセージ

私たち人間の心には自然的な衝動と言ってもよい、神的なものへの感覚があります。大自然に触れる時、また思いもかけない出来事に会う時、何か分からないが特別なものを感じます。また、自分ではどうしようもない困難に遭遇した時には人の力を超えた何者かに頼ろうとすることもあるのではないでしょうか。そうした存在を感じるが、それが何であるかはわからないと思われてはいませんか。

では、私たち人間はそのような存在と無関係に歴史を、人生を過ごしているのでしょうか。歴史や人生は、人間の理性や自分の努力によって切り開いていくものだと考えておられるかもしれません。よく考えてみると、これは非常に頼りなく思われないでしょうか。

科学も発達し、人間の知識もAIなどを用いれば、過去の人間の何千倍も知り、理解できるようにも思われます。でも、幸せ、例えば平和、自由・平等を基盤とする人権、こうしたものが、今の世界に確立、保持されているでしょうか。21世紀を迎える時、人類は戦争の20世紀を振り返り、平和な、国際協調の世紀になると期待しました。しかし、四半世紀経った今の世界は全く違う様相を示しています。戦争など、人々の幸せを取り去る、最も非合理な、反理性的な出来事が世界を覆っています。自らのみを第一とする利己主義が世界に不幸を生み出しているのです。人間の理性や努力のみに頼る歩みには、未来への明るい光を期待することはできません。

聖書は、神がこの世界を、そして私たち人間を創造されたと語ります。そして、その創造は「はなはだ良かった」と記しています。しかし、次に人間が神に背き罪を犯し堕落したとも語るのです。この世界の様々な悲惨はここから出てきたのです。その罪とは神を第一とするのではなく、自らを第一とすることでした。今、世界を覆っている悲惨はまさにここから来ているのではないでしょうか。

また聖書は、創造者なる神は、その主権のもとで、ご自由に全てを支配、統治なさる方であると語ります。そして、今日の御言葉にあるように「主(神)は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。」と言うのです。これは旧約聖書の詩編にある言葉で、信仰者が唱える神の御支配への確信です。一人一人の人間の歩みが神の御旨の中に定められているというのです。神の御支配は私たち一人一人にまで確実に届いているのです。確かに世界・社会は私たちを無視し、蹴散らしながら進んで行っているようにも思われます。特に、厳しい現実を前にしては失望する日々かもしれません。しかし、神はしっかりと私たちを見て下さっているのです。私には、あなたには、神が定めてくださった道が備えられているのです。

では、神はどのような道を備えて下さっているのでしょうか。詩編の詩人は続けて、「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。」と詠います。この世界の現実の中で私が倒れることがあっても、それを見捨てはされないというのです。神は一人一人を神の御旨、救いへと導いてくださるという信頼、確信の告白です。

聖書は、神は私たちと無関係に世界と関わるのではなく、私たちと共にあり関わってくださると語ります。そして、その御旨をご自分の方から語り、知らせてくださるのです。聖書はそのことを私たちに伝えるものです。それは何でしょうか。神の前に罪を犯した私たち人間の罪を赦し、再び神の元に招き戻してくださる道なのです。聖書は、罪の世界、自分を第一とする人間の歴史の中に、神の正義により罪を罰し、かつ人間の罪を赦す道を示すのです。旧約聖書には、そのために救い主、メシアを与えるという約束が語られています。そして新約聖書では、その約束の救い主としてイエス・キリストがこの世に来られ、十字架に死に、私たちの罪を贖い、赦しを与えてくださったと語るのです。

これが、私たち人間の知恵、知識をはるかに超えた神の御支配、御旨です。この御支配の中で、「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。」と語るのです。この御支配は神との和解、人との和解を生み出すものです。新約聖書エフェソの信徒への手紙2章16.17節には「キリストは十字架によって敵意を滅ぼされました。また、平和の福音を告げ知らせられました。」とあります。

人間の罪は自らを第一とすることから来ています。聖書は、その罪を赦す救い主、イエス・キリストを指し示します。新約聖書はイエス・キリストを証ししています。聖書を通して、イエス・キリストについて知っていただきたいと願います。また、新旧約聖書全体から、この世界を創り、ご支配されている神がどのようなお方か、その神が私たち人間をいかに愛してくださり、私たちに救いを、平和を届けてくださるかを知ってください。

聖書は、今は完全な平和の実現を待ち望む時であると語ります。確かに平和は実現していません。しかし聖書は、既にその完成の時、神の国は来ているとも告げています。そうした時を今の私たちは過ごしています。その中にあって、創造者なる神の御支配を覚え、自らを第一とするのではなく、愛の神の御旨を追い求めて歩む道こそ、今ある世界の悲惨を取り除く道だと語っているのです。

是非、聖書の語る神を、皆さんの内にある神的なものを覚える感性によって知っていただきたいと願います。

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